「現場は気合と根性だ」
「俺の背中を見て覚えろ」
18年間、現場監督として働き、こんな言葉を数え切れないほど耳にしてきました。
こんにちは、中堅ゼネコンで大型プロジェクトの現場責任者を務めている、佐藤健一と申します。
確かに、現場には図面だけでは分からないリアルがあり、経験がモノを言う世界です。
私自身も、泥と汗にまみれながら多くのことを学んできました。
しかし、その”常識”が、今の建設業界の成長を妨げているとしたら、あなたはどう感じますか?
この記事では、私自身が現場で直面してきた課題と、最新技術を取り入れた経験から、「今すぐ捨てるべき3つの古い常識」を具体的に解説します。
あなたの現場の”当たり前”を見直す、そのきっかけになれば幸いです。
目次
常識1:長時間労働は美徳? → 「スマートな働き方」への意識改革
「俺たちの時代はもっと過酷だった」が若手を潰す
私が新人監督だった頃、終電で帰れれば早い方、現場に泊まり込むこともザラにありました。
当時はそれが当たり前で、「苦労した分だけ成長できる」と信じて疑いませんでした。
しかし、疲労がピークに達したある日、簡単な確認ミスから手戻りが発生し、工期に影響が出そうになったのです。
その時、尊敬する監督から言われた「現場は生き物だ。お前が倒れたら、この現場も止まるんだぞ」という言葉が胸に突き刺さりました。
精神論だけでは、良い仕事はできません。
ましてや、2024年4月からは建設業にも時間外労働の上限規制が適用されています。
「気合と根性」という名の長時間労働は、もはや美徳ではなく、生産性と安全性を脅かすリスクでしかないのです。
現場を止めずに生産性を上げるICT活用のリアル
「残業するな、でも工期は守れ」。
そんな無茶な話、どうすればいいのか。
その答えが、ICT(情報通信技術)の活用でした。
机上の理論ではありません。
私の現場で実際に導入し、効果を上げた事例を少しだけご紹介します。
- 施工管理アプリの導入
- Before: 図面や書類の確認のために、一度事務所に戻る必要があった。
- After: スマホ一つで最新の図面を確認し、撮った写真をそのまま黒板情報付きで関係者に共有。事務所との往復時間がゼロになりました。
- 遠隔臨場システムの活用
- Before: 発注者の段階確認のために、半日以上待機することがあった。
- After: ウェアラブルカメラを使い、現場からリアルタイムで状況を中継。手待ち時間が大幅に削減され、その時間を別の作業に充てられるようになりました。
あなたの現場でも、こうした無駄な時間はありませんか?
ICTは、魔法の杖ではありませんが、現場の非効率を解消する強力な武器になります。
週休二日の実現は「発注者との対話」から始まる
働き方改革の大きな壁が「工期」です。
国交省も週休二日の確保を推進していますが、まだまだ道半ばというのが現実でしょう。
ここで重要になるのが、発注者との対話です。
ただ「休みをください」では通りません。
私は、ICT活用による生産性向上のデータを示した上で、「適正な工期と予算を確保することが、結果的に品質の向上と安全に繋がり、発注者様のメリットにもなります」と粘り強く交渉を重ねてきました。
泥の中の実践から学んだのは、データを元に論理的に説明し、理解を求める姿勢が不可欠だということです。
健全な現場は、健全な工期設定から始まります。
常識2:経験と勘が全て? → 「データと技術」を最強の武器にする思考
ベテランの「勘」をBIMで「見える化」する
建設現場では、ベテラン職人の「経験と勘」が絶対的な価値を持ってきました。
私もその恩恵を何度も受けてきましたし、それを否定するつもりは全くありません。
しかし、その貴重なノウハウが、その人一代で失われてしまうのはあまりにもったいない。
そこで登場するのが、BIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)です。
BIMは、単なる3Dモデルではありません。
建物のあらゆる情報を詰め込んだ、いわば「デジタルの建築物」です。
私が担当した高層ビルプロジェクトでは、ベテランの配管工が持つ「このスペースなら、こう配管を収めるのが一番効率的だ」という長年の勘を、BIMモデル上で再現しました。
結果、施工前に干渉箇所を発見でき、大規模な手戻りを未然に防ぐことができたのです。
BIMは、ベテランの経験を「見える化」し、若手へと技術を継承するための最高の教科書になります。
ドローン測量が変えた現場の風景
かつて、広大な敷地の測量は数人がかりで何日もかかる重労働でした。
しかし今、私の現場ではドローンがたった数時間で、ミリ単位の精度で3D測量データを取得してくれます。
これにより、測量にかかる時間は劇的に短縮され、作業員が危険な場所に立ち入る必要もなくなりました。
空いた時間で、ベテランはより高度な施工計画の検討に集中でき、若手は最新技術の操作を学ぶことができます。
データと技術は、決して人の仕事を奪うものではありません。
むしろ、人間が本来やるべき、より創造的な仕事に集中させてくれるのです。
「ウチには無理」から始める中小企業DXの第一歩
「DXなんて、大手ゼネコンの話だろう?」
そう思われるかもしれません。
しかし、私の現場を支えてくれている協力会社の多くは、中小企業です。
彼らと共に、まずは無料のチャットツールで情報共有を始め、写真管理アプリを試すことからスタートしました。
大切なのは、いきなり大規模なシステムを導入することではありません。
現場の課題を一つひとつ解決するために、どんな小さなツールでもいいから試してみること。
その小さな成功体験の積み重ねが、会社全体の大きな変化に繋がっていきます。
常識3:安全はコスト? → 「安全は最大の投資」への価値観アップデート
私が経験した「ヒヤリ」が「安全第一」の原点
新人時代、私は安全管理の甘さから、足場で資材を落下させてしまうというミスを犯しました。
幸い、下に人はいなかったため大事には至りませんでしたが、一歩間違えれば大事故です。
あの時の、血の気が引く感覚は今でも忘れられません。
この「ヒヤリ」とした経験が、私の「安全第一」の原点です。
事故が起きれば、工期は遅れ、会社の信用は失墜し、何よりも尊い命が危険に晒される。
安全対策にかかる費用は、決して「コスト」ではありません。
それは、現場の品質、工期、そして働く仲間たちの未来を守るための「最大の投資」なのです。
国交省安全表彰受賞現場の「当たり前」とは
ありがたいことに、私が責任者を務めた現場が国交省から安全表彰をいただいたことがあります。
特別なことをしたわけではありません。
ただ、「当たり前」のレベルを少しだけ引き上げただけです。
例えば、こんな取り組みです。
- KY活動のデジタル化: スマホアプリで危険予知活動を記録・共有。他の班の危険予知もリアルタイムで見られるため、現場全体の危険に対する感度が高まりました。
- ウェアラブルカメラの活用: 経験の浅い作業員にカメラを装着してもらい、ベテランが遠隔で危険な作業をチェック。具体的な指示が出せるため、事故を未然に防げます。
「やらされ感」のある安全活動では意味がありません。
作業員一人ひとりが「自分の身は自分で守る」という意識を持ち、主体的に参加できる仕組みを作ることが、本当の安全文化を醸成します。
最新技術が守る現場の命:安全DXの実践例
最近では、テクノロジーが現場の安全をさらに進化させています。
AIカメラが、ヘルメットの顎紐が締まっていない作業員を検知して警告を発したり。
重機と作業員に取り付けたセンサーが、一定の距離まで近づくとアラームを鳴らしたり。
これらの技術は、人間による監視の限界を補い、ヒューマンエラーを防ぐための強力なパートナーです。
技術の力で、悲しい事故を一つでも減らす。
それも、現代の現場監督に課せられた重要な使命だと考えています。
よくある質問(FAQ)
Q: 建設DXを進めたいが、何から手をつければ良いですか?
A: 18年の現場経験から言えるのは、まず「情報共有の効率化」から始めるのが最も効果的だということです。現場監督として、まずはチャットツールや写真管理アプリなど、スマートフォン一つで始められるものから導入し、ペーパーレス化とリアルタイムな状況共有を目指すことをお勧めします。
Q: 新しい技術に対して、ベテランの職人さんからの反発はありませんか?
A: あります。大切なのは、頭ごなしに導入するのではなく、まずベテランの経験を尊重することです。その上で、例えば「このBIMモデル、親方の経験通りに作ってみたんですが、合ってますか?」と教えを請う形で巻き込み、技術が彼らの経験を補強し、楽にするツールだと実感してもらうことが重要です。
Q: 中小の建設会社でも、働き方改革は可能でしょうか?
A: 可能です。重要なのは、いきなり大規模なシステムを導入することではなく、勤怠管理のクラウド化など、できる範囲から始めることです。 私の現場でも、協力会社さんと一緒に無料のツールを試すことから始めました。小さな成功体験を積み重ねることが、改革を進める鍵になります。
Q: 「安全は投資」と言いますが、具体的にどう経営層を説得すれば良いですか?
A: 事故による損失(工期の遅れ、信用の失墜、保険料の高騰)を具体的な金額で試算し、安全対策にかかる費用と比較して提示するのが有効です。私の経験では、国交省の事故事例などを元に「もしこの事故がウチで起きたら」というシミュレーションを見せることが、経営層の意識を変えるきっかけになりました。
Q: 現場監督として、今後どのようなスキルを身につけるべきですか?
A: 従来の施工管理能力に加え、デジタルツールを使いこなすスキルと、多様な年代の職人さんをまとめるコミュニケーション能力が不可欠です。特に、データを元に論理的に説明し、現場の協力を得る力が、これからの現場責任者には求められます。
個人の努力はもちろんですが、これからは会社全体で成長を後押しする文化も不可欠です。
例えば、建設業界のDX化を支援するBRANUの取り組みのように、資格取得やセミナー参加を積極的に支援する制度は、これからの建設業界で働く私たちにとっても非常に参考になるでしょう。
まとめ
- 長時間労働は美徳ではなくリスク
- 経験と勘は、データと技術で強化する
- 安全はコストではなく、未来への最大の投資
これらは、かつての建設現場を支えてきた”常識”だったのかもしれません。
しかし、時代は確実に変わっています。
18年間現場に立ち続けてきた私自身、ICTやBIMといった新しい武器を手にしたことで、働き方は劇的に改善し、品質も安全性も向上させることができました。
建設業界は「古い」のではありません。
「進化している」業界です。
この記事で紹介した3つの視点が、あなたの現場をより良く、そしてあなた自身の誇りを再認識する一助となることを、現場の片隅から心より願っています。
最終更新日 2025年8月29日 by echani